【復興釜石新聞連載】#32 今しかない 流通改革 地域内連携で、もうかる林業へ

※こちらの記事は2018年2月19日発刊の復興釜石新聞に掲載されたものです

 森林所有者の心が森から離れている。それは近年、日本の林業が抱える最大の課題でした。
森林所有者の山林への関心低下は、農林水産省が2010年に実施した意向調査でも明らかに。木材価格の下落や採算性の悪化を
理由に「林業経営を行うつもりはない」と答えた所有者が全体の8割を占めたのです。
 なぜ森林は「負の財産」になってしまうのか――。釜石地方森林組合の高橋幸男参事は、山林所有者である組合員に少しで多く売上を返そうと、東日本大震災前から作業の効率化に取り組んできました。その結果、森林組合は「全国有数」と言われるほどコスト削減が進みましたが、所有者の山林経営による所得は依然少ないまま。
 それならば、木材の値段が上がるよう流通の仕組みを変えるしかない。高橋参事は、手塚さや香隊員や釜石・大槌バークレイズ林業スクールの講師らと話し合うなかで、この命題に取り組むと決意しました。
森林組合と外部団体の調整役を担っていた手塚隊員は、高橋参事の思いをバークレイズに伝え、協力を依頼。2015年の秋にはバークレイズの社員を釜石に招き、県内の森林組合職員や近隣地域の製材所、加工業者の社員らを招いた会議を開催しました。

 当時バークレイズ経営企画担当であった田中崇仁さんは、林野庁の「森林・林業白書」や専門書を読み込み、森林組合の収益構造を経営学の視点で分析。議論の場では関係者の声に耳を傾けながら、伐採、製材、加工の各過程が細分化された木材流通が「利益が出にくい構造」だと注目を促したのです。
 製材所、加工業者がそれぞれで営業や販売の部門を抱え、急な注文に備えて多めの在庫を持つため増加するコスト。さらには、遠方の市場に出荷するための輸送費。これらの「無駄」によって木材調達の買取価格が低く抑えられ、山林所有者に還元される利益が少なくなっている――田中さんの分析は、痛くも鋭い指摘であり、納得のいく内容だったと関係者は語ります。
高橋参事と手塚隊員、田中さんらは、地元製材所経営者らと栃木県の企業視察にも向かいました。そこで見たのは、地域内の小規模な製材所や町工場を傘下に収め、受注から販売までを同社が一括して行う仕組みです。
 「ひとつの組織で受注から販売までを請け負う体制には無駄がない」。
 林業のプロである高橋参事と経営のプロである田中さんの意見は一致しました。森林組合、製材や加工を担う企業が一体となり、地域の木材産業を支える。関係者が同じビジョンを描き始めた2016年5月、高橋参事が提案し、発足したのが「木材流通協議会」です。加盟したのは釜石・大槌・遠野などの製材所を含めた10社。さらには、釜石市と大槌町、岩手県沿岸広域振興局もオブザーバーとして加入しました。
 流通協議会の会長となった森林組合の久保知久代表理事組合長によれば、森林組合が復興の過程で新たな取り組みを続けてきたこと、その姿を手塚さんがしっかりと発信し、関係者の信頼を得ていたことが協議会発足の素地となったそうです。
 
 人材育成と流通改革、日本の林業が抱える問題の解決に先陣を切った釜石地方森林組合。「森林所有者がいるから林業が成り立ち、雇用が生まれ、環境も保全されている」。高橋参事の原動力は、自分を「育ててくれた」組合員への感謝でした。(釜援隊広報・佐野利恵)

■「声」久保知久さん(70)釜石地方森林組合代表理事組合長

 林業は奥が深い。間伐、植樹を繰り返し、ずっと先を見据えて森を育てる仕事だ。農業や漁業とはまた異なる覚悟を持って行わなければならない。
 一方で、森林には個人の財産に留まらない価値がある。二酸化炭素を吸収し、災害の被害を軽減させる。環境問題への関心が高まっている現代では、森林が持つ社会的機能は一層重要になるはずだ。
 そんな森林への関心を一般の人たちにもっと持ってもらいたいと思ってきた。そのため流通協議会では、昨年、地域住民むけに「DIY教室」を開催した。林業のプロが指導しながら、参加者に地域の木材を使った椅子や小物入れなどを作ってもらう。評判は上々だ。講師となった製材業者や加工業者たちも、普段は消費者と顔を合わせる機会がほとんど無いものだから、良い刺激になったと思う。
 こうした新しい取り組みが新聞やTVに出ることで、森林組合のイメージも変わってきたと感じる。以前より親しみやすい存在になれたのではないだろうか。手塚さんの発信力は林業の固定概念を変えてくれている。
 東日本大震災後に「地域の役に立ちたい」と志願して、若い職員が森林組合に入ってくれたことに励まされた。新しいことにも挑戦し、夢を実現するのに必要な判断力を持っている高橋参事は「不可能はない」と思わせてくれる。森林組合の、そして流通協議会のこれからが楽しみだ。

最終校正

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