※こちらのコラムは2016年9月7日発刊の復興釜石新聞に掲載されたものです。
国道45号線を車で走ると思い起こすのは、2011年4月末の鵜住居や両石の光景です。勤めていた新聞社の先輩を訪ね、東日本大震災後初めて被災地域に入ったときのことです。
第3期メンバーとして着任し、2年がたちます。協働先の釜石地方森林組合での仕事、友人たちとの時間…、充実感を感じることばかり。しかし、だからこそ、釜石の人たちが津波で失ったものを自身に刻むため、震災前の写真や震災当時の動画を見返すようにしています。
釜石に来る前は新聞記者で、入社直後の4年間と退社直前の1年間は盛岡を拠点に県内を取材しました。新人の頃には両親を案内し沿岸を回ったことも。埼玉の郊外出身の私は「岩手には都市にはない豊かさがある」と感じていました。振り返れば、この感覚が被災地域で一次産業にかかわりたいという思いにつながったように思います。
新聞社から森林組合へ
大阪本社にいた時、震災が起こり、取材やボランティアで沿岸に通いました。「復興」に取材という形でかかわることへの限界を痛感した日々でした。そんな折に、釜石森組で活動する釜援隊の募集を知り「もっと直接的に復興にかかわりたい」と応募、加わることになりました。
差し迫った課題は、英国の金融グループ「バークレイズ」の支援を受け、地域の次世代の林業を担う人材育成事業をスタートさせることでした。着任してみると、予想以上に切迫した事態。組合職員の名前を覚える暇もないまま、高橋幸男参事や講師とともにカリキュラムづくりやホームページ開設に追われました。受講生12人を対象にした月1回の「釜石大槌バークレイズ林業スクール」の運営は、林業初心者の私にとっても学ぶことばかりです。
スクールが軌道に乗ったころから力を入れ始めたのが、植樹や間伐など森林体験の受入れの事業化(有料化)と、体験や視察に来た人向けの木製のお土産品の開発です。「人口減少の中で山林を活用して交流人口を増やしたい」という参事の思いを受けてのものです。当初「交流人口拡大」に特化してきましたが、被災した組合員さんの支援につなげられた点がポイントだと思います。キーホルダーなど木製品の売上金の一部を苗木の購入費に充て、その苗木を企業や個人の森林体験として植樹してもらいます。
林業に外部の視点を
組合員支援の仕組みは参事や職員が作り、木材を加工する市内の団体の開拓や販路拡大は私が担当しています。販売額はまだ微々たるものですが、進めてこられたのにはいくつか理由があります。
最大の理由は、参事が「林業」という枠にとらわれない柔軟な人で、常に目標が明確なことです。参事が設定した目標の実現に向けて、自分には何ができるかを考え行動できる環境は恵まれています。リーダーのもと、職員も一丸となって業務に励んでいて、森林体験受け入れなどへの協力体制も進化しています。
木製土産品という小さな取り組みを発端に、釜石森組は木材の流通を変革し、釜石産材のブランド化に取り組もうとしています。林業の素人である自分が木材販売という組合の本業にも貢献できる可能性を感じています。私にとっての釜石森組の魅力は、新しいことに挑戦させてもらえる環境であり、それは釜石という地域そのものにも当てはまると思います。
初めて岩手に来たときに漠然と感じた「岩手の豊かさ」は今もっと確かな手ごたえのあるものになっています。それが何かをもっと明確なものとして全国に伝え、釜石、とくに釜石の山や森に足を運んでもらいたいと思います。
※8月30日の釜石森組事務所の台風被害ではご心配をおかけいたしました。事務所機能は回復し、倒木処理や通常の業務を行っております。お見舞いの訪問、お電話などをいただきまして、ありがごとうございました。
■広報・佐野が見る「地域と共に歩む林業」
東日本大震災以来、釜石森組の再興に取り組んでこられた高橋参事は、「林業の振興を通じて地域に恩返しをしたい」という思いを強く持っているそうです。
甚大な犠牲を伴った震災を乗り越え、釜石森組の取り組みは大きく変わったと言います。それまでは木材生産に特化し「閉鎖的だった」という釜石の林業界。今は間伐現場を見に市外から人々が訪れ、地元産材を使った商品開発に向け他業種の人々と会議が行われています。釜石森組の取り組みを全国に発信する、元記者である手塚隊員の功績も大きいようです。
参事は「『地域に恩を返す』気持ちで取り組んでこそ、先輩の代から続く釜石森組を後代にも引き継げる」と語ります。地元産材を使った新商品も、林業スクールも、これからはもっと市内の方々に楽しんで頂きたいそうです。森林の新たな活用方法を、住民の皆さんと一緒に考える取り組みも検討しています。
「一度どん底まで追い込まれたからこそ、力を合わせたらできないことはないですよ」と語る参事。自然と共に生きる地域では、互いに助け合い、困難を乗り越える「しなやかな強さ」が育つのだと思いました。
手塚さや香(第四期/釜石地方森林組合)