【復興釜石新聞連載コラム】#9 故郷で増やしたい「未来」の選択肢~楽しみ楽しませる心、まちづくりの熱源~

 ※こちらのコラムは2016年11月9日発刊の復興釜石新聞に掲載されたものです。

 新日鉄釜石の高炉が休止する3ヶ月前に生まれた私は、釜石が「人と夢にあふれていた」という時代を知らずに育ちました。まちに賑わいをもたらした「三陸・海の博覧会」はわずかな記憶しかなく、物心がついてから釜石に活気を感じた出来事はあまりなかったように思います。家族とドライブした時の車窓から見える盛岡などの内陸部はとても華やかで、「こんなまちに住めたらいいのに」と路面店舗が並ぶ風景を眺めていました。

「喪失」による気付きと決意
 しかし東日本大震災によって、私は必然的に自分の故郷を見つめ直すことになりました。かつて遊んだ自然の遊び場やおいしい魚介類、何気ない日常がどれだけ恵まれたものであったか。震災で変わった街並みを見て、これまで目に映らなかった魅力に気付かされました。
 「自分に何ができるだろう」と考えたとき、大学時代を過ごした新潟県長岡市を思い出しました。長岡市は豪雪地帯で、冬は消雪パイプの地下水と雪解け水によって歩道は常に水浸しです。住みやすい環境でも、大都市でもなかったのに、市内での就職を決めている友人が多くいました。長岡市には人びとが、まちの歴史に根差した娯楽や芸術に親しみ、自らもイベントや作品展を開く機会が多くあります。そのことが、若者が定住を決める魅力になっているように思えました。
つまり、市民が「釜石」を楽しむ。その市民が、「釜石」を盛り上げる活動を生み出していく。このサイクルがあってこそ、「愛される釜石」になっていく。自分の故郷をそんなまちに変えていきたいと、第5期メンバーに応募し、釜石に帰ってきました。

市民の「楽しみ」をつくる会社
 私の協働先である釜石まちづくり株式会社(フェリアス釜石)は、釜石市と民間企業の出資によって設立されました。大町駐車場などの施設管理事業の収益を、市街地活性化のために再投資していくことを目的としています。
管理している釜石PITでのイベント企画・運営も、フェリアス釜石の業務です。 例えば毎月第一日曜日には、映画上映会「CINEPIT(シネピット)」があります。映画は気軽に楽しめる娯楽の代表だと思っており、常設映画館がなくなってしまった今だからこそ、CINEPITを通じてよき思い出を提供したい。そんな私にとって、「昔みたいに、映画を皆で観られる場所があって嬉しい」「来月も楽しみにしているよ」というお声がけは本当に嬉しく、活動の原動力です。
その他にも、PITの大型スクリーン画面でのラグビー観戦や、ミッフィの誕生日パーティなど、さまざまなイベントを開催してきました。来てくださった方に喜んでいただくため、スタッフ一同で話しあいを重ね、毎回色々な工夫を凝らしています。

子供たちに贈りたい「選択肢」
 私自身の経験から、若者は都会に出て力をつけることも選択肢として必要だと感じています。実際に私は大学卒業後に東京の企業に勤め、そこで培ったITの知識をいかして、フェリアス釜石が運営する情報ポータルサイト「縁とらんす」のシステム強化につとめています。
 しかし、若者には一度釜石を離れても、「いつかまた釜石で生活する」という選択肢も持っていて欲しい。そのために必要なのは、今釜石にいる子供たちに、私たち大人が「釜石」を楽しんで、やりたいことを実現している姿を見せていくことではないでしょうか。
 身近な誰かを喜ばせるために、新しい人を釜石に迎えるために、そして自分自身も楽しむために。何かを新しく始める人を、支えていく存在でありたいと思っています。

■広報佐野がみる「まちづくりの熱源」
震災によって変わったもの、それは街の景色であり、そこに住む人の覚悟である。そう話すのは、フェリアス釜石事業課長の下村達志さんです。  
下村さんは唐丹町で生まれ育ち、大学進学を機に東京へ移住しました。2013年にUターンしてからは、フェリアス釜石を拠点にまちの賑わいづくりにつとめてきました。ニュースやイベント情報などを発信する「縁とらんす」の立ち上げもその一つで、自分が東京に住んでいたとき、釜石の情報を各団体や個人が分散して発信しているのをもどかしく思ったことが、行動のきっかけになったのだそうです。
18年ぶりに暮らす釜石には「未来を自分たちの力で明るくしようと思う人が増えた」と話します。その人たちを支えているのは拭いきれない被災への口惜しさであり、「辛い経験だからこそ、新しいまちづくりの力に転じさせなければならない」という責任の念だとも教えてくださいました。  
フェリアス釜石との協働を通して、花坂隊員は「まちづくりは誰でも気軽に参加できる」と気付いたそうです。そのことを一人でも多くの人に伝えられるよう、住民の皆さんからアイデアを募り、一緒に「やりたいこと」を実現する企画を増やしていきたいと語ります。
「『来て良かった』と必ず思ってもらえる場づくりを常に心がけています」という下村さんの言葉を思い出しながら、「楽しみ」の情報を受け取るアンテナを、私も高くたてようと決めました。

花坂康志(第五期/釜石まちづくり株式会社)

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