※こちらの記事は2018年1月17日発刊の復興釜石新聞に掲載されたものです。
これまで釜援隊の「協働先」となった団体や行政機関の数は約20。その一つが、日本初の民間主導型林業スクールを運営する釜石地方森林組合です。林業を通じた地域活性化というビジョンを実現するため、2014年10月に釜援隊との協働を始めました。
協働開始の約1年前、発足から約半年が経った釜援隊は、9人の現場隊員が協働先で活動しており、各隊員を3人のマネジメント隊員が補佐していました。北海道の環境NPOを退職し釜援隊に移った齋藤学さん(2017年卒業)も、マネジメント隊員として他隊員の目標設定や進捗を管理し、活動現場と市内外の関係者との連絡役を担っていた一人です。
齋藤隊員は特定の協働先を持っていませんでしたが、住民のニーズを知ろうと地域行事や現場隊員の活動にも積極的に参加。さまざまな団体と話をするうち、震災を機に釜石の豊富な森林資源に可能性を見出し、森林組合と連携したいと考えている人たちの存在に気づきました。人々が集い防災やコミュニティへの学びを深める場として森林を用いるプロジェクトを進めていた三陸ひとつなぎ自然学校や、木の皮や枝などの未利用資源を再生エネルギーとして活用する勉強会を開いていた釜石・大槌地域産業育成センターです。
現場隊員を補佐しながらこれらの活動に携わっていた齋藤隊員は、森林組合参事の高橋幸男さんとも会話を重ねました。特に、森林は木材の生産に留まらない多面的な価値を持っていると意気投合。「森林を環境教育の場として活用したり、木材の6次化を進めたりしていけば、林業も産業として発展できます」―齋藤隊員が北海道でのさまざまな事例を紹介すると、高橋参事は自身も同様のビジョンを描いてきたと打ち明けたそうです。
一方、東日本大震災で甚大な被害を受けた森林組合は、組織の再建にむけた作業と通常業務、さらに復興のための用地確保の伐採作業などを並行して行わなければならず、企業視察やボランティアの受け入れなどにも対応する高橋参事は多忙を極めていました。
確かなビジョンを持つ森林組合、その可能性に期待する周辺団体…これらの連携を促し、森林資源を活用して地域の復興を加速させられないか。そう考えていた齋藤隊員に、ある時、高橋参事は森林組合に国際的金融機関から林業の人材育成事業への支援が打診されていることを伝えました。
「大変有り難い機会なのですが、今の組合には新しい事業に割く人員やノウハウが無いので、支援を受けるか迷っているんです」と話す高橋参事に、齋藤隊員は「それなら釜援隊がお手伝いできるかもしれません」と協働を提案。 市復興推進本部や(一社)RCFなどの関係者とも、釜援隊と森林組合の協働が地域にもたらすメリットを議論しました。
そして2014年春、釜援隊協議会と森林組合は正式に協働を進めると合意。林業人材育成事業を軸に多様な団体を巻き込み、新たな事業創出を目指すコーディネーターを全国から募集したところ、当時新聞社に勤めていた手塚さや香隊員の応募があったのです。 (釜援隊広報・佐野利恵)
■「声」高橋幸男さん(53)釜石地方森林組合参事
当組合は震災で5人の役職員を失い、事務所も被災し、マイナスからのスタートだった。 存続も危ぶまれる状況で、初めは自分たちのことで精一杯だったと思う。
組合員や市内の企業など地域の皆さんが支えてくださったから今日がある。その恩返しをしたい、林業だけでなく地域に貢献できるリーダーを育てたいと思っていたところで支援をいただき 「釜石•大槌バークレイズ林業スクール」を開講校した。
組合を立て直すという危機に面し、「林業はこのままでいいのだろうか」と考えるようになった。例えばこれまでの林業では、木材を市場に卸したあとの流通にはほとんど関わらない。地域を支える産業として林業を発展させるには、長年続くこれらの仕組みを変える必要があると感じる。
しかし、一次産業の人々だけで既存の構造を変えることは難しい。自分たちの課題を客観的に分析する習慣がないからだ。林業スクールの運営を通じて異業種の人たちと出会い、 経営や組織論なども学びながら視野を広げられたことは大きな財産だ。
願いを持つ人に伴走し、実現に向け共に動いてくれるのが釜援隊だと思っている。齋藤さんをはじめとするマネジメント隊員の皆さんは、何度も事務所に来て悩みを聞いてくれた。協働隊員となった手塚さや香さんは、森林組合に新しい風を吹き込んでくれた。このような人たちがしてくれたことを今一度見直し、残りの協働期間ですべきことは何かを問い直す時期に来ていると感じる。